私事のブログ

ただのチラシの裏

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過去の自分とこれからの自分と

 周りの友人が・・自分もなのですが「誕生日が怖い」と言います。具体的には三十歳の誕生日が。
 単にニの桁の数字が変わるだけなのですが、それ以上に何か大きく変わってしまうような気がするのです。毎年訪れることが、再び廻って来るだけなのに。
 二十歳になったときは特に考えもしなかったのに、三十歳を前にして、今までの自分が歩んできた過去への後悔が次々と湧いてきます。「なぜあの時、ああしなかったのか」「なぜ今、こうなってしまったのか」と。
 悔いというものは、それを納得して飲み込むまで、ずっと苦しい痛みになります。諦めても、ふとした時に地の底から浮かんできて、足首を掴むのです。「後悔というものは、無くしていく為にある」型月の作品の台詞ですが、それが出来るほど全ての人は強くありません。後悔が昔にあるほど、手が届かない場所にあるほど強い痛みになります。今からではどこにもいけない自分、それを選んだ過去の自分・・・本当はどこにでも行けるのに、後悔に足を捉まれて、考えるのは昔のことばかり。変えられない過去だと言うことは解りきっているのに、それを納得したくなくて何度も悶えて、苦悩して、胸を痛める。
 「前(未来)に目を向けろ」。他人(ヒト)はそう言いますが、その人には分からないからこそ、自分だけの物だからこそ、その言葉を受け入れられない。どうすればこの苦しみから抜け出せるのでしょうか、どうすれば自分の過去の後悔を納得することが出来るのでしょうか。

 God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed, Courage to change the things which should be changed, and the Wisdom to distinguish the one from the other.

 神よ、与えてください。
 変えられないものを受け入れる冷静さを、変わらなくてはいけないものを変える勇気を。
 そして変えるべきものと変えられないものを見極める知恵を

 ラインホルド・ニーバーの「祈り」です。
 変えられない過去を受け入れる冷静さと、変えていくべき今の「行動」を起こす勇気。それが欲しいのです。毎日を生き、今の苦しみをこの先の為だと受け入れ、変えることの出来ない過去を受け入れ、この先を善いもの変えて行きたいのです。

 しかし、どうすればその勇気と知恵を得ることが出来るのでしょうか。与えられるのを待つしかないのでしょうか。まず、これらを得るためにさらにもうひとつ、最初の「勇気」が必要です。

 結局は堂々巡り。思考の行き止まりです。自分を変えるしかないのに、そのきっかけを作ることが出来ない。だからさらに変えることの出来ない過去で悩む。辛いことです。



大体は学生時代のことなんですがね。昔を思い出して「何でリア充にならなかったんだ?!」って思いません?身もだえするほどの後悔。
エロゲやってて「リア充爆発しろよ・・・」とか考えちゃうとか、もう末期だと思うんです。リア(ル)じゃないのにね。アニメとかも嫌いです、割り切れないから。リア充爆発しろし!リアルじゃないけどね。「あの時ちゃんとやってれば、きっとこんな生活を送れていた(ワケナイケド)はずなのに・・・」とか思っちゃう。まぁ所詮惨事は二次元にはかなわないわけですが。二次元には夢と希望しか詰まってないしね・・・。


ニコ動のじょしらく最終回。もう何周したんだろ・・・。

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Author:えんり 
キレやすい幼い心をそのままに大人になったキッズ

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