私事のブログ

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われは海の子 解釈など

 最近、小学校の教員をしている母から「みんなの歌」を見せてもらう機会がありました。昔は「いちご白書」や「遥かな人へ」などのフォークやPOPなども記載されていたものですが、現在のみんなの歌でも変わらず乗っているようです。「少年時代」や「勇気100%」などが載っていました。昔と比べ、歌謡曲はいくらか減った印象を受けます。そんな中、私の好きな「われは海の子」も、漏れることなく載っていました。さすがは文部省推薦の日本の歌百選に選ばれた歌ですね。しかしこの歌、本の中では平仮名で歌詞を記載してあります。小学生向けの本なのでそういった形なのは仕方がないのですが、どうも歌っている側は「歌詞の意味はしっかりとは分かっていない」様である、と思えるのです。(そら、小学生に明治の歌の意味を理解しろとは言えないか・・・w)
 最近、CMで「故郷(ふるさと)」をネタにしているものがありました。「う~さ~ぎ~お~いし」と歌うと「美味しいの?」と返されるものです。もちろんこれはCMプランナーの方も理解されてだと認識していますが(「うさぎおいしかのやま」は兎を追いかけたあの山、という意味です)、ひらがなで表記されているみんなの歌を見て「ああ、こういうふうに記憶してしまうこともあるのかもしれないなぁ」と感じました。
 前フリが長かったのですが、ひとりのおっさんとして、「われは海の子」とはどういう意味の歌なのか、ということを何らかの形で文章にして、再認識したかったということです。なのでこれ以降はつらつら書いていこうと思います。

 さて、多くの方が知る「われは海の子」は、3番までの構成のものかと思います。みんなの歌にも3番までが記載されています。ですが、実際には「われは海の子」は7番まで存在しています。なんだか隠された存在みたいですね。「さっちゃん」の4番を知って歌ってしまうと死んでしまうみたいな都市伝説を思い出します。ですが、もちろんそんなダークな背景はありません。歴史の、時代の流れの中で消えていった、または消さざるを得なかったものかと思われます。

 それでは、1番ずつ、歌詞を記載して、解釈を載せて行きたいと思います。

注意点ですが、これはあくまで「考査しているホームページなどを覗かずに「おっさんは歌詞からこう感じている」といった内容となります。なので本来の意図する場所とはずれていることもあります。

wikiではひらがな表記のところも、漢字にて書かせていただきます。
歌詞の内容から”われ”は男性であるとして書かせていただきます。

われは海の子
作詞者:不明(主張はありますが、ここでは書かずにおきます)
作曲者:不明

1. われは海の子 白波の
  騒ぐ磯辺の 松原に
  煙棚引く 苫屋こそ
  我が懐かしき 住処なれ

  われは うみのこ しらなみの
  さわぐ いそべの まつばらに
  けむり たなびく とまやこそ
  わが なつかし すみかなれ

単語の意味

白波:白く泡立つ波のこと。砂浜に打ち寄せる波、海岸にで弾ける波のイメージ

磯部:磯(波が打ち寄せる場所)の周辺の意味

松原:松の茂る林の意味。海岸線などによく見られる

苫屋:海辺にある粗末な小屋。この小屋に小舟などを逃がし、雨や嵐を凌ぐ。日本昔ばなしで海辺の話を題材にするとよく出てくる


解釈:私は海の子(海で(海辺で)育った人間である)
   浜辺に打ち寄せる波の音が響く松原に煙を漂わせているあの小屋こそ、私の懐かしい住処である

2. 生まれて 潮に浴して
  浪を 子守の歌と聞き
  千里寄せ来る 海の気を
  吸いて 童と成にけり

  うまれて しおにゆあみして
  なみを こもりのうたときき
  せんりよせくる うみのきを
  すいて わらべとなりにけり

単語の意味

潮:うしおの意。海流の事。海の流れだと思ってもらえれば良いかと

浴:ゆあみ。湯あみ。歌詞の流れ的に潮を沸かして産湯としたものかと思われる

浪:なみ。波。浪花を表すこともある

千里:距離。3.927.27273キロメートル


解釈:生まれて、海の水を産湯として浸かり
   打ち寄せる波の音を子守唄にした
   千里を押し寄せてくる海の空気を吸って育ったのだ

3. 高く鼻付く 磯の香に
  不断の花の かをり有り
  渚の松に 吹く風を
  忌じき樂と われは聞く

  たかくはなつく いそのかに
  ふだんのはなの かおりあり
  なぎさのまつに ふくかぜを
  いみじきがくと われはきく

単語の意味

不断の花:私的に考えていたことはありましたが、断言できないので調べました。2説見かけました。1つは「不断草」の花であるというもの。もう1説は、私も考えていた「不断桜の花」であるというものです。
 前者は、作詞者として考えられている二方の出身場所や時代からみて、この花を「フダンソウ」の呼び名で呼ぶことは無いのではないだろうかと思います。加えて「香り」を歌詞に用意ているところから見て、一時に花を咲かせるフダンソウではなく、四季を問わず咲く不断桜がふさわしいかと。場所が海辺である=近くに街道がある=桜が植わっている、みたいな。ちなみにフダンソウとは、俗に言う「うまい菜」です。野菜です。

渚:海岸。波が打ち寄せる際から砂浜までの部分のこと。キャッキャウフフと追いかけっこする場所

忌じき:いい意味でも悪い意味でもあるが、この場合は「すばらしい」などの意味が適当か

樂:楽。音楽。音。


解釈:あたりを漂う磯の香りの中には、不断桜の香りも加わっている
   渚にある松林を駆ける松風の鳴らす音を、物悲しくもすばらしい音と感じ、それをうれしく聞いている
(物悲しくも~としているのは、松を抜ける風が出す音(松風)は、物悲しいという意味があります。また、忌じきは良い意味、悪い意味のどちらにでも使える言葉なので、このようにしました)

 さて、ここからがあまり一般的には知られていない4番以降の歌詞になります

4. 丈餘の櫓櫂 操りて
  行く手定めぬ 波枕
  百尋千尋 海の底
  遊び慣れたる 庭廣し

  じょうよのろかい あやつりて
  ももひろちひろ うみのそこ
  あそびなれたる にわひろし

単語の意味

丈余:1丈=約3メートル。それを超えること

櫓櫂:ろかい。船の櫂のこと。櫓と櫂

波枕:この歌の場合は重なる白波のことか。イメージは「波まくら お菓子」でググってください

百尋千尋:百尋(182.88 メートル)千尋(1.8288 キロメートル)

廣し:広し。ひろい


解釈:自身の身の丈よりも長い櫂を使い、どこまでとも定めぬ波間を進んでゆく
   この広いうなばら、そして海の底までもが、私の遊び場なのだ

 この4番までは、「我」が生まれてから、まだ幼い子供のうちを書いた物と思われます。「子供がひとりで海に出るの?馬鹿なww」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、昔の子供はどこへでも楽しみを求めて飛び出していくものでした。海辺の子供ならばこのような事は十分ありえるでしょ(かの海援隊「坂本龍馬」然り)

5. 幾年 こゝに鍛へたる
  鐵より堅き 腕あり
  吹く鹽風に 黒みたる
  肌は 赤銅さながらに

  いくとせ ここにきたえたる
  てつよりかたき かいなあり
  ふくしおかぜに くろみたる
  はだは しゃくどうさながらに

単語の意味

鍛へ:鍛える。+1になる。運がいいと+2になる。技術や経験を持って密度、高度を上げ、上質のものに昇華すること

鐵:鉄。くろがね

かいな:漢字の通り「腕」のこと

鹽風:潮風

赤銅:しゃくどう。色味はggってください。鈴之助ほどテカテカしてはいません。ちなみにあれはあかどうです。


解釈:永い年月櫂を漕いで鍛え抜いた、くろがねより丈夫な腕を私は持っている
   肌の色は吹き付ける潮風と照る日の陽で、赤銅のようになった。それを私は誇りに思う

 最後の一文は勝手に加えましたが、この気持ちがなければこの歌詞にはならないかと。

 6番以降は、愛国心が強く出ています。このあたりが、時代を経るに消さなければいけなくなった理由なのでしょうか。

6. 浪にたゞよふ 氷山も
  來ば來れ 恐れんや
  海まき上ぐる 竜巻も
  起こらば起これ 驚かじ

  なみにただよう ひょうざんも
  きたらばきたれ おそれんや
  うみ、まきあぐる たつまきも
  おこらばおこれ おどろかじ

単語の意味

解りづらいものはおそらく無いかと


解釈に入る前に:

さて、ここで唐突に「氷山」が出てきます。氷山といえば北海道方面、北方領土海域が連想されます。日露戦争が起こったのが1904~1905年。「われは海の子」が初めて世に出た年は1910年です。これは・・・無関係なのでしょうか。歌詞「氷山」や「たつまき」に何かしらの暗喩が含まれているのではないかと思ってしまうのは、考えすぎなのでしょうか。自分にはわかりません。それを無関係とすれば、歌詞の意味は見たまま読んだままなので、ここはあえて解釈を述べるのを止めさせていただきます。含ませたい方は、氷山やたつまきをそれっぽい言葉に変えてみてください。
皇国の守護者っておもしろいよね(ぁ

7. いで大船を 乗り出して
  我は拾はん 海の富
  いで軍艦に 乗組みて
  我は護らん 海の國

  いでおおぶねを のりだして
  われはひろわん うみのとみ
  いでぐんかんに のりくみて
  われはまもらん うみのくに

とりあえず先に:

ど直球で軍艦がでます。「海の富を得る」の下りは、含みがあるのかどうかで解釈が変わってしまいますね。どうなんでしょうねぇ・・・。時代的にも「戦って勝ち取る」といった感じなのでしょうか。
また解釈を放棄するのもあれなので、当たり障りのない感じで書いてみます。

解釈: さあ大船で海に出て、海の富を手にしよう
    いざ軍艦に乗り込んで この海の國(日本)を私は護ろう


 以上となります。もちろん、この解釈が正しいとは言いません。しかし、できる限り詩から伝わってくる物を使って解釈を述べさせていただきました。

 とりあえず自己満足が終了したので撤収します。

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